リスク社会の科学教育―科学を統治する市民を育てるー

このブログは、大学で科学教育を担当している筆者(荻原彰)が、現代の巨大な科学技術を市民が適切に統治するため、科学教育はどうあるべきかを考えていくブログです

教師の役割転換 公共圏のコーディネーターとしての教師の役割とそれを支えるしくみ 5 第三段階 教材作成

第3段階(教育実践) 第3段階は教育実践の場である.ここでは教師は地域の事情や個々の学習者の学習状況を考慮して補足することはあるにしても,トランスサイエンス問題を直接教えることは最小限にとどめるのが望ましい.トランスサイエンス問題の内容及び…

教師の役割転換 公共圏のコーディネーターとしての教師の役割とそれを支えるしくみ 4 第二段階 教材作成

第二段階(教材作成) 第一段階で生産的な議論が行われていれば、それ自体が良質な教材となりうる。大学生あるいはある程度トランスサイエンス問題についての学習をすすめてきた高校生には第一段階での議論をネットで中継し、リアルタイムで見せながら議論に…

教師の役割転換 公共圏のコーディネーターとしての教師の役割とそれを支えるしくみ 4 第一段階その2 媒介の専門家の役割

ではこの第一段階において媒介の専門家は何を行うのだろうか,その使命は3つある。 ①カリキュラム化するトランスサイエンス問題とその問題についての議論を提供する専門家の選択 学校や市民のニーズに応じてカリキュラム化するべきトランスサイエンス問題を…

教師の役割転換 公共圏のコーディネーターとしての教師の役割とそれを支えるしくみ 3 第一段階

以下,各段階について具体的に述べていく. 第一段階(論点整理) この段階では何か特定のトランスサイエンス問題について、どのようなオルタナティブがありうるのか、その中からどのオルタナティブを選択するべきか、その根拠は何か、ということについて当…

教師の役割転換 公共圏のコーディネーターとしての教師の役割とそれを支えるしくみ 2

分量がごく少ないですが,キリがいいので教師を支えるしくみが3つの段階からなることの最初の部分を述べておきます そのしくみは次の3段階からなる. 第一段階は論点整理の段階である.媒介の専門家(現在,このように認知された専門家が存在するわけでは…

教師の役割転換 公共圏のコーディネーターとしての教師の役割とそれを支えるしくみ 1

教師への支援の必要性についてもう少し述べてみたい.一般的に言って政府見解(ここでは、各種基本計画・方針など政府から公的に発信された言説一般を政府の見解と考えておく)が教育を通じて国民へと下りてくるという構造は好ましくない。しかし現実には、…

開かれた公共圏としての教室とコーディネーターとしての教師

資源エネルギー庁と文部科学省が共同で発行した「チャレンジ!原子力ワールド」という中学生用向け副読本(1)がある.2010年発行なので,福島第一原子力発電所事故の直前の発行といってもよい.この副読本では放射性物質の危険性に触れてはいるものの,そ…

コミュニケーションとメタ認知への支援 1

ではコミュニケーションとメタ認知への支援としてどんなものが考えられるだろうか。 やや項目が多く羅列的になってはしまうが、以下の4つを順次述べていきたい。 オルタナティブによる専門知の集約と市民による選択 対抗的公共圏の創造 価値観明確化と省察 …

プリコラージュの知の本質―コミュニケーションとメタ認知

「ミニマム・エッセンシャルズのようにあらかじめ知識のリストを用意しておくわけではない。「知」と表現はしたものの、そこに何か実体的な知識領域が存在するわけではない。課題に取り組む実践の中でそのつど生成し、プロセスの中に立ち現れてくる総合的判…

プリコラージュの知を育むー課題特性

ではこのようなつなぎ合わせる知.プリコラージュの知をどうすれば育んでいくことができるのだろうか。前提を確認しておこう。プリコラージュの知はこれまで多くのリテラシー論が依拠してきたミニマム・エッセンシャルズ(最低限の教養)とは異なる。ミニマム…

プリコラージュの知

プリコラージュ(フランス語)とは「寄せ集めてつくる」という意味であり,「器用仕事」とも訳される.たとえば服のデザインの分野では,ありあわせの布を組み合わせて新しいデザインや服を作りだす仕事をさして使われる.レヴィー・ストロースは,人類学の…

判断を統合する―善き生のための思慮深さ 序説

日本の科学技術社会論を主導し,その基礎を作りあげた村上陽一郎は「科学者とは何か」(1)の中で「缶ミルクの教訓」と題してアメリカの食品会社の発展途上国支援の失敗を述べている.その会社は善意のキャンペーンとして,飢餓に悩むアフリカの家庭に自社…

統計的議論についての着目点

先に疫学を市民教育の場で扱う際には「統計的手法(ある程度は必要)は最小限度にとどめ,意思決定の教訓となるような事例(公害病等疫学が意思決定の根拠として利用された事例)における疫学の利用を,必要に応じて法的・制度的・倫理的な側面にも触れなが…

「分析による麻痺」を避ける 及び 疫学は個人ではなく集団を考える時に意味を持つ

1 「分析による麻痺」を避ける 一般に科学においても法律においても統計学で言う第一種の過誤(因果関係がないのに因果関係があることにしてしまう,犯人でないのに有罪にしてしまう)よりも第二種の過誤(因果関係があるのに因果関係がないことにしてしま…

疫学の考え方

1850年ごろのロンドンではコレラがしばしば流行し、多くの死者が出ていた。当時はコレラが細菌で引き起こされるということは知られておらず、瘴気(悪い空気)が原因であると考えられていた。ジョン・スノーは当時ロンドンに在住していた医師であるが、飲み…

科学的成果物の前提となる変数の同定と当該変数をめぐる議論の理解

「科学技術へのクライアントシップ」の節で「前提による議論の拘束」について述べた が、以下ではこれを「批判的に考える」という文脈の中において,変数という形で具体化してみたい。 小学校理科の伝統的教材として振り子がある.振り子の周期を決める条件…

批判的に考えるー科学の方法論

本節では市民の意思決定の質を高めるために必要な要素として科学の方法論があることを述べる.とはいっても,私は,これまでの科学教育で扱われてきたような科学者の科学的探究をモデルとした方法論が必要だと考えているわけではない.科学的研究をモデルと…

問いの宛先

自然科学は自然現象をモデル化する営みである。モデルを洗練させることによって科学の予測力と現実世界への応用可能性は拡大していく。典型的な例はニュートン力学からアインシュタインの相対論への発展である.水星の近日点移動などニュートン力学では理解…

メタ的なフレーミング

「科学の社会化」の章でスチュワート・リチャーズの「科学・哲学・社会」の中の「巨大増殖炉計画はプルトニウムの頻繁な輸送を必要とするが、それは偶発的事故とテロリストの攻撃という当然の危険を伴うのである。そのために列車と原子炉用地の警戒のために…

不適切な前提を置いている立論に対しては、それについて批判的に検討しておくか、または排除する

フレーミングは「価値観の選択の問題」とすぐ上で述べたが,明らかに不適切な前提をもとにした立論の場合、それを教育の場に持ち込むと事実認識を誤らせかねない。現実世界から事実を切り取ってくるフレーミングは価値観によって異なってくるので、価値観と…

できるだけ多様なフレーミングを教室に持ちこむ

ある特定のトランスサイエンス問題は様々な価値観の下で切り取りうる(フレーミング)のであって,その問題の専門家だからといってそのフレーミングが「正しいフレーミング」であるとは必ずしも言えない.すぐ上でも述べたようにどのフレーミングを選択する…

そのフレーミング(問いの枠組み)は適切か-前提を問いなおす知性

写真は文字通り真を映す。目の前の光景をそのまま切り取る。しかし写真は光景全体を写し取るわけではない。光景の切り取り方(フレーミング)は写真家の意図に依存する。これは写真に限られたことではない。人間は神のようにある事物についてそのすべてを一挙…

政治と科学 不適切な一体化は起こっていないか

政治と科学 不適切な一体化は起こっていないか イギリスのビジネス・イノベーション・技能省は2010年に「政府への科学的助言に関する原則」を公表しており,その中で科学的助言を行う科学者と政府の関係を次のように述べている。「助言者は、広範な要因にも…

科学への留保付きの信頼

前章の「科学技術へのクライアントシップ」で科学論の専門家が「科学はいろいろな限界はありながらも、我々が持っている情報生産システムとしては最良のものである」と述べていたことを記した.科学は間違うこともあり,加速膨張が発見された後の宇宙論のよ…

トランスサイエンス問題に対する市民の意思決定の質を高めるーはじめに

前章でトランスサイエンス問題について「市民は問題を自分(たち)自身の問題として引き受け、自分(たち)のことは自分(たち)で決めるべきであり、決定について自分(たち)でその責任を引き受けることができるという覚悟と自己信頼を持つことが必要であ…

言説の進化史

再三述べているように学校の科学教育の基本は「確立された科学」を教えることにある。典型的なのは実験場面である。実験の結果、どのような現象が起こるかを教師は知っており、児童生徒も大体わかっている。予想された結果が出ない、たとえばばねの伸びが力…

トランスサイエンス問題から基礎へと降りていく学び

川勝博は「旧来は科学の体系的学習は、学問の体系に従って基礎を学ぶことが多い。これは学問の構造上、今でも大切である。」と基礎から積み上げていく学習の必要性を認めたうえで、「基本は基礎から応用へと学ぶ。しかし応用から基礎に遡る逆過程の学習も併…

科学技術へのクライアントシップ

私は「自然と共同体に開かれた学び」(2015年)という本の中で次のように述べたことがある。「安部首相は2014年9月22日のコロンビア大学での演説で,原発の再稼働について「100%の安全が確保されない限り行わない」(165)と述べている。安部首相自身が原発の…

硬い」科学観・科学者観の変革-ゴジラとシンゴジラ

ゴジラは日本の代表的なSF映画であり、世界的にもキングコングと並ぶ2大スターである。ゴジラは科学技術と社会の関係を考える上でも興味深い。ゴジラが登場した第1作では古生物学者の山根博士が権威者として登場し、政府の顧問としてゴジラについての議論を…

教科書はなぜ退屈か

中学校や高校の理科の教科書を覚えておられるだろうか。理科の教科書を面白いと思った記憶のある方は少ないのではないだろうか。理科を長く教えてきた私もそうである。教科書の重要性を理解しているつもりではあるが、およそ読んでおもしろいものではない。 …