リスク社会の科学教育―科学を統治する市民を育てるー

このブログは、大学で科学教育を担当している筆者(荻原彰)が、現代の巨大な科学技術を市民が適切に統治するため、科学教育はどうあるべきかを考えていくブログです

批判的に考えるー科学の方法論

本節では市民の意思決定の質を高めるために必要な要素として科学の方法論があることを述べる.とはいっても,私は,これまでの科学教育で扱われてきたような科学者の科学的探究をモデルとした方法論が必要だと考えているわけではない.科学的研究をモデルとした方法論である仮説設定,研究計画の作成,実験,考察といった流れの体験は理科のリテラシーとして重要なものだが,トランスサイエンス問題を考える場合には,科学的探究を実践することそのものよりも,当該のトランスサイエンス問題を論じる際に参照される科学的成果物(典型的には論文だが,有害物質の規制基準や環境アセスメントなど科学が主要なプレーヤーとしてかかわるもの一般をさすと考えていただきたい)を批判的に検討したり,トランスサイエンス問題のステークホルダーと生産的な議論ができることが重要だと考えるからである.このようなことができるためには科学の内容についての知識があるだけでは十分ではない.成果物は,成果を得るために採用している方法や前提があるはずだが,その適切性についての議論を理解するための知識(方法論的知識)が必要だし,方法論的知識を使って自ら問いを立て,討論してみる経験もある程度必要だろう.ではトランスサイエンス問題を扱うのに必要な方法論的知識や経験にはどのようなものが考えられるのだろうか.以下ではそれを考えてみたい.