リスク社会の科学教育―科学を統治する市民を育てるー

このブログは、大学で科学教育を担当している筆者(荻原彰)が、現代の巨大な科学技術を市民が適切に統治するため、科学教育はどうあるべきかを考えていくブログです

2022-01-01から1年間の記事一覧

不適切な前提を置いている立論に対しては、それについて批判的に検討しておくか、または排除する

フレーミングは「価値観の選択の問題」とすぐ上で述べたが,明らかに不適切な前提をもとにした立論の場合、それを教育の場に持ち込むと事実認識を誤らせかねない。現実世界から事実を切り取ってくるフレーミングは価値観によって異なってくるので、価値観と…

できるだけ多様なフレーミングを教室に持ちこむ

ある特定のトランスサイエンス問題は様々な価値観の下で切り取りうる(フレーミング)のであって,その問題の専門家だからといってそのフレーミングが「正しいフレーミング」であるとは必ずしも言えない.すぐ上でも述べたようにどのフレーミングを選択する…

そのフレーミング(問いの枠組み)は適切か-前提を問いなおす知性

写真は文字通り真を映す。目の前の光景をそのまま切り取る。しかし写真は光景全体を写し取るわけではない。光景の切り取り方(フレーミング)は写真家の意図に依存する。これは写真に限られたことではない。人間は神のようにある事物についてそのすべてを一挙…

政治と科学 不適切な一体化は起こっていないか

政治と科学 不適切な一体化は起こっていないか イギリスのビジネス・イノベーション・技能省は2010年に「政府への科学的助言に関する原則」を公表しており,その中で科学的助言を行う科学者と政府の関係を次のように述べている。「助言者は、広範な要因にも…

科学への留保付きの信頼

前章の「科学技術へのクライアントシップ」で科学論の専門家が「科学はいろいろな限界はありながらも、我々が持っている情報生産システムとしては最良のものである」と述べていたことを記した.科学は間違うこともあり,加速膨張が発見された後の宇宙論のよ…

トランスサイエンス問題に対する市民の意思決定の質を高めるーはじめに

前章でトランスサイエンス問題について「市民は問題を自分(たち)自身の問題として引き受け、自分(たち)のことは自分(たち)で決めるべきであり、決定について自分(たち)でその責任を引き受けることができるという覚悟と自己信頼を持つことが必要であ…

言説の進化史

再三述べているように学校の科学教育の基本は「確立された科学」を教えることにある。典型的なのは実験場面である。実験の結果、どのような現象が起こるかを教師は知っており、児童生徒も大体わかっている。予想された結果が出ない、たとえばばねの伸びが力…

トランスサイエンス問題から基礎へと降りていく学び

川勝博は「旧来は科学の体系的学習は、学問の体系に従って基礎を学ぶことが多い。これは学問の構造上、今でも大切である。」と基礎から積み上げていく学習の必要性を認めたうえで、「基本は基礎から応用へと学ぶ。しかし応用から基礎に遡る逆過程の学習も併…

科学技術へのクライアントシップ

私は「自然と共同体に開かれた学び」(2015年)という本の中で次のように述べたことがある。「安部首相は2014年9月22日のコロンビア大学での演説で,原発の再稼働について「100%の安全が確保されない限り行わない」(165)と述べている。安部首相自身が原発の…

硬い」科学観・科学者観の変革-ゴジラとシンゴジラ

ゴジラは日本の代表的なSF映画であり、世界的にもキングコングと並ぶ2大スターである。ゴジラは科学技術と社会の関係を考える上でも興味深い。ゴジラが登場した第1作では古生物学者の山根博士が権威者として登場し、政府の顧問としてゴジラについての議論を…

教科書はなぜ退屈か

中学校や高校の理科の教科書を覚えておられるだろうか。理科の教科書を面白いと思った記憶のある方は少ないのではないだろうか。理科を長く教えてきた私もそうである。教科書の重要性を理解しているつもりではあるが、およそ読んでおもしろいものではない。 …

「何のための科学技術なのか」という問い

科学技術は何のためにあり、科学者・技術者のミッションは何だろうか? このことについては、科学技術が一つの独立した社会的営為として認識され、科学者・技術者という職業が成立して以来、無数の論考があり、無数の議論がある。ここではその内容自体には立…

科学者・技術者を育てることがおろそかになる?その1

(2)市民教育という側面が強調されすぎれば,科学者・技術者を育てることがおろそかになるのではないか。科学教育の重点を市民教育に振り向けることが科学者・技術者の養成に悪影響を与え、結果として科学技術の質の低下、ひいては国際競争力の低下と日本…

科学教育は科学技術の生み出すリスクを扱うことができるのか

(1)科学教育は科学の系統性に沿って基礎(ここでは初歩という意味で使っている)から積み上げる教育ではないのか?科学の系統性を飛び越えて原発だとか遺伝子組み換えのような高度な科学技術の生み出すリスクを扱うことなどできるのか? 確かに科学には一…

科学教育の歴史と現在

まず科学教育の明治以降の歴史を簡単に振り返ることから始めてみよう。よく知られているように第2次世界大戦までの政府の政策の眼目は富国強兵である。富国のためにも強兵のためにも欧米から科学技術を移入して近代軍隊と近代産業を立ち上げ、強化すると共に…

科学教育の歴史と現在

まず科学教育の明治以降の歴史を簡単に振り返ることから始めてみよう。よく知られているように第2次世界大戦までの政府の政策の眼目は富国強兵である。富国のためにも強兵のためにも欧米から科学技術を移入して近代軍隊と近代産業を立ち上げ、強化すると共に…

第3部 科学リテラシーの再構築―科学を統治する市民を育てる 緒言

これまで述べてきたように現在の科学技術と社会の関係は「社会の科学化」.「科学の社会化」というべき状況にある.社会の科学化と科学の社会化は密接な関係を持ちながら進行し,科学技術と社会が分かちがたく結びついて「科学―社会複合体」を形成している.…